2014年07月27日

種痘伝来

かつて、世界には天然痘という恐ろしい感染症がありました。

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天然痘ウイルスが原因で、全身にブツブツができ、致死率が30%ほどもある、恐ろしい感染症でした。
しかし、人間にしか感染しないため、ワクチン接種により、世界から根絶することができました。(一方、鳥や豚にひろく感染するインフルエンザは、いつまで経っても根絶できません。なにしろ、この世界の全ての鳥や豚に、H7N9 とか H5N1 とか、H5N8 とか、あらゆる型のワクチンをあまねく接種する、なんてこと不可能ですから。ちなみに、麻疹や風疹も、ほぼ人間にしか感染しないため、人間だけにワクチン接種をしてしまえば、ウイルスは居場所がなくなり、増殖できず、根絶が可能です。)

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『種痘伝来』には、そのワクチンが日本にいかにしてもたらされ、国内で拡がったか、について詳しく描かれています。


天然痘のワクチン接種は種痘と呼ばれ、人痘接種と牛痘接種がありました。牛痘接種は、ジェンナーが始めたことで有名ですね。牛の乳搾りをしている人は、ときどき牛痘という病気になりました。その人達が天然痘に罹らないことから、牛痘に感染することは天然痘を予防する効果があると考えられたのです。

人痘接種は、本物の天然痘に軽く罹るため、ときどき重症化して死ぬこともある、リスクの高い方法でした。ですが、天然痘が流行している時であれば、人痘接種で天然痘に軽く罹る方が死亡率が低いので、皆が接種しました。しかし、非流行期においては皆が受けたがらないものだったそうです。

牛痘接種は、天然痘ウイルスの近縁のウイルスを用いたワクチンで、天然痘に罹るおそれがないことから、人痘に取って代わりました。長崎に輸入された痘痂(牛痘の水疱のかさぶた)での接種に成功した一人から、つぎつぎに人に継がれ、半年ほどの間に全国に拡がりました。

これを成し遂げたのは、蘭方医、つまり西洋医学を学んだ医師達のネットワークである、と記載されています。当時の徳川幕府は、シーボルト事件以来、蘭方つまり西洋医学を禁制としていました。さりとて牛痘の効果は認めざるを得ず、黙認されていたようです。最終的には、効果を認め、幕府が推進するようになりました。

一般の人々は、それでも牛痘を恐れたため、医師の桑田立斎(越後出身の小児科医!同郷にそんな偉人がいたとは!!)牛痘菩薩なるイラストを書いて、啓蒙に努めたそうです。

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牛痘の効果は、すぐにはわからず、後に天然痘が流行した時に、牛痘接種した人が天然痘に罹らないことが分かった、と。それが分かると、人は牛痘接種を乞うたと。

やはり世の中というのは、お墨付きの有無など気にせず、科学的に正しいと考えられることを自ら為す人たちのネットワークによって進歩していくのだな、と感じました。

風疹ワクチンを徹底することは、すぐには効果は分からないけど、将来の日本で風疹が流行しなくなることをもって、ようやく効果が知られるようになります。

遅々として対策は進まないけれど、弛まず已まず、自分ができることを進めていかなければならないのだな、という啓示をもらった一冊でした。
posted by 久住英二 at 06:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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